遊び心が生んだ奇跡のサクセスストーリー!
「タイなのにチャイナ」
この奇天烈なアイデアは当所
ひとりのプロデューサーのほんの
遊び心から生まれたといいます。
BELLというひとりの中国系タイ人バックダンサーを
デビューさせる企画を出した。
彼女は従来の女性タイPOPスターのほとんどが、
パッチリした目鼻立ちの欧米風の美女ばかり
であったのに対し、一重まぶたの中国娘でした。
タイの最大手音楽レーベルである
Grammy社はこの企画にまったく期待しなかった。
結果プロデューサーは会社から何も指図される
ことなく、自由にアイデアを形にすることが出来ました。
ある日Bellがスタジオにつれてきた友人Hwa Hwaが
プロデューサーの目にとまる。
彼女は中国語をしゃべることができたからです!
急遽当初の予定を変更し、BellとHwa Hwaの
ふたり組みのユニットでのデビューが決定。
まったくの、思いつき一発のやっつけ仕事でした。
プロデューサーはこのふたりを使って
ありとあらゆるアイデアを音にします。
会社からの予算はスズメの涙でしたので
アルバム編集はミキサーとプロデューサー
ふたりきりでした。
BellとHwa Hwaは非凡な才能の持ち主でした。
突き抜けたキャラクターとチームワーク
BellのダンスとHwa Hwaの中国語ラップの見事さ。
ふたつの強烈な個性を放つヴォーカル。
こうして超低予算で作られたアルバム
”Muay nee kah”(一重まぶたの中国娘)が完成。
このとき誰もこのアルバムがタイ音楽史上空前の
150万枚を売り上げた上、マレーシア、シンガポール
台湾、中国を股に掛けた国際的大ヒットアルバムに
なるとは予想だにしていなかったことでしょう。
2004年8月7〜8日・ついにチャイナドールズが初来日しました!コンサートの模様は
こちら